Artist-in-Residence Programアーティスト・イン・レジデンスプログラム

2022 レジデント・アーティスト

  1. アリー・ツボタ(米国)
  2. 梶原瑞生(日本)
  3. マリョライン・ファン・デル・ロー(オランダ)

今年は228件(52か国・地域)の海外からの応募と、12件の国内からの応募がありました。厳選なる審査の結果、アリー・ツボタと梶原瑞生を選出しました。2021度にオンライン・レジデンスプログラムに参加したマリョライン・ファン・デル・ローも加えた3名のアーティストは、8月30日から12月7日までの100日間、茨城県守谷市のアーカススタジオで滞在制作を行います。

審査は岡村恵子氏(東京都現代美術館 学芸員)と後藤桜子氏(水戸芸術館現代美術センター 学芸員)をお招きし、アーカスプロジェクト実行委員会との協議のもと行いました。

2022年度の選考結果について

2022年度は、外国籍のアーティスト1枠と日本国籍のアーティスト1枠の公募を行った。前年度に引き続き応募に際して申請料を課した結果、外国籍のアーティストの応募者は前年度並みの228名となった。一方で、日本国籍のアーティストの応募者数は12名であった。滞在制作のプランを見てゆくと、形式的な特徴として市民とワークショップをして創作活動を行うものが多く見られた。また、テーマやモチーフの観点では、筑波山や守谷市を囲むように流れている河川、我が国を取り囲んでいる海などを産業や神話、ジェンダーに関する議論から深く読み解いてゆこうとする計画が比較的多く見受けられた。応募者の多かった外国籍枠においては、歴史的な出来事を複数の視点から語り直す試みを実践しているアーティストを、また日本国籍枠においては地方の生活文化の変容を民謡をとおして捉えるアーティストを選出した。この2名のアーティストは、2021年度のオンライン・レジデンスプログラムに参加したマリョライン・ファン・デル・ローとともに8月末から12月にかけて守谷市のアーカススタジオにおいて滞在制作を行う。
小澤 慶介(アーカスプロジェクト ディレクター)

2022 Resident Artist

アリー・ツボタAllie Tsubota

米国

1992年アメリカ合衆国、ニュージャージー州生まれ。マサチューセッツ州ウースター在住。ニューヨーク大学で環境学とダンスを、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインで写真を学んだ。写真や映像、テキスト、アーカイブなどを組み合わせ、意味や記憶が形づくられる過程でさらに連関する調査に取り組み、作品を制作している。近代国家の歴史とアジア太平洋地域における人種の離散と同化に関心を寄せ、写真という特異な時間性を持つメディアを用いながら、ある人種がくぐり抜けてきた記憶をどのように目に見える形で再提示できるのかという課題に取り組んでいる。それは、写真を心理的、社会的また公的な場であると捉えることによって推し進められる。ツボタのインスタレーションは、鑑賞者を歴史に招待するとともに、歴史に対する関わりを要求する。アーカスプロジェクトの滞在では、これまでに手がけてきた《Dead Letter Room》を展開する。
https://www.allietsubota.com/

《Dead Letter Room》
インスタレーション, 2022

部分

部分

アーティスト・ステイトメント

1945年10月、日本本土への爆撃の有効性を検証し記録するため、アメリカ空軍の写真家の一団が占領下の日本に到着した。写真家たちは数ヶ月にわたり、8,000枚以上の写真を撮影し、戦争が日本経済に与えた目に見える惨状と、死に、見るも無惨な姿となり、姿を消した何十万の市民の様子を記録した。米国戦略爆撃調査団(USSBS)が作成したこの一連の記録は、アメリカ合衆国の戦後情報戦略の中核を担うこととなった。今日に至るまで、核爆弾の生む惨禍の視覚的な記録としては、最も詳細なものである。

その6年後、1951年3月、日本の詩人である原民喜が、吉祥地と西荻窪の間の線路に自ら横たわり、終電車にはねられて命を落とした。日本の軍国主義の隆盛の目撃者であり、原爆の生存者であった原は、とてつもない繊細さで戦争の機微を見つめていた。彼が広島への爆撃を題材に著した三部作『夏の花』は、原爆生存者の手による文学のなかでも指折りの名作として名高い。

3ヶ月にわたり、私は原民喜の人生の、精神的、物質的、文学的軌跡を、USSBSの残した写真と対置しながら辿ってきた。広島と東京にある、原にまつわる様々な場所やアーカイブで写真を撮影し、また、原と私の間で交わされる架空の往復書簡を執筆した。リサーチの道標となったのは、歴史は「危機の瞬間」を通して読まれなければならない、というヴァルター・ベンヤミンの教えだ。国境をまたいだ時空間において発生する歴史、記憶、観客性や言語の間の折衷に、一石を投じる思想である。

選考理由

アリー・ツボタは、遠く離れた地で過去に起きた出来事との関係を図るために、写真やテキストなどを組み合わせて制作を行っている。日系アメリカ人でもあるツボタは、日本語を話すことはできない。しかしながら、自らの出自に刻まれている国が経験した太平洋戦争の記憶に近づくために、戦前から戦後にかけて活動した小説家で詩人の原民喜との擬似的な往復書簡を試みる。広島での被爆体験を経て詩をものした原の言葉が戦後にアメリカで生まれ育ったツボタの言葉と交わるとき、時間と空間の隔たりはどのように表されるのかに興味を掻き立てられる。また彼女は制作の準備を周到に行っており、太平洋戦争におけるアメリカの戦略的な爆撃に関する調査団のアーカイブを調査し、写真や映像などの資料を当たっている。過去の戦争を巡る国家間の記憶を、詩とアーカイブを頼りに探り当てようとする試みを評価した。(小澤慶介)

オープンスタジオに寄せて

写真や映像、テキスト、アーカイブなどを組み合わせ、ある史実を巡る記憶の輪郭を浮かび上がらせるツボタ。自らが日系4世であることも動機の一つとなり、アジア太平洋地域における近代国家の成り立ちとともにそれらの間を移動した人々の関係に関心を寄せて制作をしています。それはまるで他者の記憶を巡る旅のようでもあり、声なき記憶をどう扱うことができるのかという問いに向き合うことでもあるしょう。
今回の滞在において、ツボタは、戦前から戦後にかけて活動した小説家で詩人の原民喜をとおして太平洋戦争と原爆の経験に近づきます。原は広島市の出身で被爆を体験し、その後東京で自らの命を絶ってしまいます。ツボタは、原が生前に住んでいた場所をはじめ、直筆の手紙や遺書が残る広島市中央図書館や最期を迎えた中央線沿線のとある場所などを訪れ、原が見たであろう風景を追い求めました。そして、遺族や研究者との対話を重ね原により近づきながら作品の構想を練りました。

オープンスタジオでは、訪れた地で撮影した写真とともに米国戦略爆撃調査団(USSBS)が太平洋戦争後に撮影したアーカイブ写真がスライドショーで見ることができます。それに加えて、原とツボタによる擬似的な往復書簡も展示されています。今となっては全てを知ることができないかもしれませんが、そうであるからこそ知ろうとする思いは募るもの。ツボタの写真とテキストから、二つの近代国家の間の波間に漂う記憶に思いを馳せてみてください。

2022 Resident Artist

梶原瑞生Kajihara Mizuki

日本

1993年大阪府生まれ、京都市在住。京都造形芸術大学(現京都芸術大学)大学院にて現代美術を学び、音の意味を探ることに関心を寄せて制作をしている。近年では、構造が記譜によって明らかになっている西洋のクラシック音楽を主に題材とし、楽曲の歴史や作曲の経緯などをリサーチして作品を生み出している。組み立てられた楽曲の音を解体し、パフォーマンスをしたり映像を撮ったりしながら再構成することで抽象的な音を視覚化する。例えば、ウィーンでの展覧会に参加した際には、移動中に曲の構想を練ったという逸話があるモーツァルトのオペラ《ドン・ジョバンニ》の序曲をモチーフに、梶原自身もウィーンとプラハの間の300km近い距離を自転車で移動しながらそれを再構成した。近年では「音の伝搬」に注目しながら制作を行っている。アーカスプロジェクトの滞在においては、茨城県の大洗町が発祥と言われる民謡《磯節》の再構成を試みる。

《茨城さすらい夜曲》
楽譜, サウンド, 2022

レコーディングの様子

アーティスト・ステイトメント

日本三大民謡のひとつとされる茨城県の民謡『磯節』に興味を持った理由は、その伝承の経緯にある。明治後期、唄の名手関根安中は、横綱の常陸山に連れられ全国へと赴き、それを披露して回ったという。ふたりが媒体となることで、かつての労働唄は今日のように広く定着したのだ。

しかし、専門家への聞き取りなどを進めていくうちに、『磯節』は既に演奏そのものを目的とする「音楽」として確立された一部の例であることを知った。

もともと口承によって無数に残った素朴な田舎の唄や記録されずに消えてしまったものも含め、戦後に一般化した「民謡」という言葉では全貌を捉えきれないほど、唄の在り方は多様である。そして、かつてそれらは生活や労働と切り離せないものだった。しかし、工業化の発展に伴い、唄の目的はやがて忘れられてゆく。土から生まれたリズム、人々の呼吸のリズムは、既に本来の機能を果たし終え、「音楽」として取り残されているように感じた。

では、生活と結びついた唄はまだ存在するのだろうか。私はその疑問を抱きながら、茨城県内の海沿いの町を旅することにした。道中で人に聞いた唄の旋律を覚え、それらを組み合わせた新たな曲を作成する。さらに守谷市の民謡奏者や市民の協力を得て、そこに伴奏をつけ、歌詞を加える。これは私自身を媒体として、口伝えの情報を「音楽」として再び固定化し、伝承・記録するプロセスである。

選考理由

音楽や音を記号と捉えそれらが指し示す意味や行為を解きほぐして目に見えるように作品化する梶原だが、アーカスプロジェクトでは、これまでの創作の方法論を踏まえながらも、新たに我が国に伝わる民謡をモチーフに音やその伝搬について制作をするという野心的な計画を評価した。茨城県大洗町発祥と言われる民謡『磯節』について海沿いの港町をリサーチし、地域の人々とともに詩を作り直し、民謡を再構築する。作曲者が存在し楽譜がある西洋のクラシック音楽とは違い、民謡は土地の生活や労働においてそこに住まう人々によって、土地の風土や言葉、身体感覚をともないながら編み上げられるものだ。それが他所の土地に伝えられまた時代を経ることによって少しずつ変わってゆく。磯節が生まれた港町の人々への聞き取りや守谷での市民とのワークショップを経て、現代の磯節はどのように編み直されるのかに期待が高まる。(小澤慶介)

オープンスタジオに寄せて

これまで、音の意味と構造、伝播に関心を寄せて制作をしてきた梶原。近年では西洋のクラシック音楽を主に題材にし、楽曲の歴史的背景や作曲にまつわる逸話にヒントを得て作品を生み出しています。梶原の作品の特徴は、自分なりに読み解いた楽曲の構造や逸話を自らの身体行為に置き換えて再構成すること。例えば、モーリス・ラヴェルのボレロの小太鼓のパートをインクの染みたスティックで打ち続けるなど、そこにはパフォーマンスの要素も含まれています。

アーカスプロジェクトの滞在では、茨城県の大洗町が発祥と言われる民謡《磯節》に着目しています。民謡の保存会などを訪ね、練習に参加したりしながら作品の構想を練ろうとした梶原ですが、調べてゆくうちに、民謡のなかでも特に労働歌が日常生活から切り離された状態で残っていることに関心を持つようになります。かつて民謡は、たくさんの人々に唄われながら、土地柄や生活の影響を受けて形を変えて伝わってゆきました。それが、時代の変遷とともに産業のあり方が変わり、いつしか土地の労働と結びついた民謡は伝播と変化を止め、保存の対象になりました。それは、唄と身体と労働が分かち難く結びついていた時代の終わりを意味するだけではなく、カラオケなど歌をめぐる別様の文化が現れたことを指し示しているのかもしれません。

スタジオには、梶原によって書き換えられ唄い継がれる民謡が響き渡っています。独特な節回しとともに時代の流れを感じ取ってみてください。

2022 Resident Artist

マリョライン・ファン・デル・ローMarjolein van der Loo

オランダ

Photo: Roel Janssen

1987年オランダ、ヘレーン生まれ、マーストリヒト在住。ユトレヒト大学で美術史、アールト大学(ヘルシンキ)にて、ヴィジュアル・カルチャーとキュレーションを学んだ。ファン・デル・ローはキュレーター、エデュケーターとして活動し、制作動機と方法論から近代社会を批評的に捉えるとともに、人間と自然のかかわりを結び直す試みをしている。集約的かつ排他的な近代社会のあり方への対抗として、彼女自身は他者との協働を行ったり、視覚のみならず五感を活用した展覧会制作や教育プロジェクトを実践したりする。バイオダイナミック農法に関連する薬草のお茶や料理を分かちあう教育プログラムを実行し、そのカレンダーを作品化した《Lunar Calendar》をはじめ、非人間の観点から近代社会の行く末と、人間が生き延びるための方法論を指し示すプロジェクトなどがある。

《Katsura Hito》
インスタレーション, 2022

書籍『Katsura Hito 』

リサーチ資料

アーティスト・ステイトメント

《Katsura Hito》は桂の木をめぐるプロジェクトである。桂は、日本の秋の心象風景に宿る木だ。桂の色づいた葉とその魅惑的な甘い香りが、我々の知覚のあり方を変え、季節とのつながりを思い出させてくれる。日本の民話や昔話によく登場するこの木は、妖怪であり伝説上の人物、庭師とされている「桂男」(中国語では「吳剛」)へとつながっていく。桂男が月にある桂の木を剪定し、月の周期を生み出す物語は、地球に暮らす私たちの生態系と、宇宙とを結びつけるものだ。この物語は、本プロジェクトの発想の源であり、出発点なのだ。

2021年から2022年の冬にかけてのオンライン・レジデンスプログラムの間、私は自宅の庭に小さな桂の木を植え、この木にまつわる様々な視点を得た。そして、現地でのリサーチも可能になった2022年秋のレジデンスは、オンラインリサーチで集めた一連の物語に沿って進めていくことにした。関連する場を訪れたり、リサーチを通して知った人間/非人間に会いに各所に足を運ぶことで、物語をより深く掘り下げ、素材を集め、さまざまな体験や冒険をし、桂の木をめぐる生態系を自ら構築し、その一部になることができた。

この経験よりよく理解するため、旅行記や夢日記の手法を用いた。そして想像的・超現実的な解釈を惜しみなく取り入れつつ、歴史的分析と多感覚的な観察の間を行き来するテキストを制作した。リソグラフで印刷された本書には、上述のテキストとイラスト、エクササイズ、レシピ、そして、愛染カツラへのインタビューが収録されている。

選考理由

ファン・デル・ローは、植物の観点から人間と生態系の関係の組み直しについて取り組むため、桂の木とそれにまつわる伝説「桂男」を調べ、映像やレクチャー・パフォーマンスなどの形にして発表をする予定だ。中国より我が国に伝わった桂男は、いずれの国においても月と関係して語られる。植物にはじまり月をも視野に入れながら人間を捉えなおす試みは、人間と自然を分かち、生態系を失調させてきた近代社会と資本主義を客観的に捉えつつ、人間の行くべき道を照らし出すことだろう。アーティストでありキュレーター、また教育者でもあるファン・デル・ローの、ワークショップや執筆、展覧会、パフォーマンス、レクチャーなど多岐にわたる形式を採りながら調査研究を発表する方法論にも期待が持てる。(小澤慶介)

オープンスタジオに寄せて

アーティストとしてだけでなく、キュレーターやエデュケーターとしても活動するファン・デル・ロー。その活動は一貫して近代社会を相対的に捉えつつ人間と自然のかかわりを結び直すことと言えます。彼女は2021年度のレジデンスプログラムに選ばれましたが新型コロナウイルスの影響によりオンラインで参加し、今年度はアーカススタジオにてプロジェクトを遂行しました。

この2年間、植物の観点から人間と生態系の結びつきを読み直すため、桂の木とそれにまつわる「桂男」について調べました。桂男とは、月で木を切り続ける伝説上の人物。その過程で中国や日本の伝説を調べたり、桂の木が使われる鎌倉彫を体験したり、また碁盤が桂の木であることから囲碁会館に出向いたりしました。さらに、その調査は、たたら製鉄や桂離宮、月読神社など中部や関西地方にまで及びました。

オープンスタジオでは、桂をめぐる事実や彼女が調査において経験した出来事に、フィクションを織り交ぜて作った1冊の本を公開します。そこでは「桂男」の話を出発点とした8つの物語が、レシピやインタビュー、イラストとともに展開しています。人間と樹木の関係は単一のものにはまとめきれないもの。むしろその数多の関係を感覚と想像で追い求めた軌跡を刻みこんだものがこの本と言えるでしょう。これを手に取った読者が、自分なりの方法で植物との関係を探るきっかけになることを願っています。