AIRブリッジはアーカスプロジェクトが、他のアーティスト・イン・レジデンス事業団体と協働し、これまでアーカスが培ったAIRの知識とノウハウを伝え、互いの事業発展を生かすことを目的とした事業です。2018年から開始し、医療や行政機関のAIR事業と連携し、文化に携わる人材の育成を行うことで、地域社会に根ざしたアートのあり方の可能性を追求し発信してゆきます。
AIRブリッジ2022の実施にあたり、アーカスプロジェクトは大子町と候補アーティストについて協議を重ね、大子町の魅力や資源の再発見と活用、また滞在制作のみならず成果の公開展示を視野に入れ、佐竹真紀子を選出した。災害をめぐる土地の記憶を絵画とテキストで表している佐竹は、2019年に大子町を襲った台風19号と水害をテーマに本プログラムに取り組んだ。8月には下見を行い、9月17日から10月31日まで「大子アーティスト・イン・レジデンス」(通称:DAIR)に滞在して作品制作を行った。その間、継続的に聞き取り調査をし、被災場所を訪問した。そして、10月9日から大子町文化福祉会館まいんにて公開制作を行ったのち、同会場にて10月22日から展覧会を開き、過去に制作した作品と今回の滞在で制作した作品を発表した。最終日には公開トークを行い、町内ほか、東京都や千葉県、宮城県からの来場者とともに水害をめぐる作品制作に関する物語を分かち合った。
日本
1991年宮城県生まれ、在住。東日本大震災で被災した仙台市沿岸部にバス停留所を模したオブジェをつくり設置する《偽バス停》シリーズをきっかけに、被災地域で見聞きした風景や暮らしの情景から着想を得て絵画とテキストを制作。絵画表現には絵の具を何層にも塗り重ねて彫刻刀で色を削り出す手法を用い、土地や人びとの記憶の地層を掘り起こす表現を思考している。地域の人々と協働しながら土地の記録をつくるコレクティブ、NOOK としても活動中。近年の主な展示に「3.11とアーティスト:10年目の想像」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城、2021)、「VOCA展 現代美術の展望─新しい平面の作家たち」(上野の森美術館、東京、2017)などがある。
大水の足跡をたずねる
2019年の台風19号から3年を迎える秋、はじめて訪れた大子で川岸を歩いた。民家の並びには空白があった。洗い場のタイルが残る足元には誰かが植えた花が跡を弔うように咲いているのを見て、「ここは跡地であって空き地ではない」と仙台の海辺で語り続ける人の声が耳元で思い出された。
時間や記憶が地層のように積み重なっているものだとしたら、災禍は地層の色の変わり目で前と後を繋いでいる。台風が近づく季節に水害の記憶をどう聞いていいか迷いながら尋ねると、語る人もまた同じように手探りの過程にいると知った。「大水が出ると、川のそばに住む人と高いところに住む人とではその後の暮らしが全然様子がちがっていてね」と、出会う声には同じ土地に住む人への配慮が紡がれる。水害直後の風景と今の風景を頭の中で重ねるようにして歩き直す人の背中を追いながら、3年目の気持ちの置きどころを整理する時間に立ち会わせてもらえたのだと知った。
ある大雨の日、夕方になるとご近所さんが濁流を見下ろせる場所へ集まってきた。「山にかかる雲が薄いからじきに止むよ」「三年前は対岸から水が溢れはじめてこっちも水が出てきたの」。長く住まう人びとの身体に、当時の情景は知恵や勘と一緒に巡っている。「今日はゆっくり眠れるよ。裏山から水の音がしないか聞いて過ごすといい」。かけられた言葉にざわざわしていた心が凪いだ。雨で煙る山はきれいだった。
滞在の終わりに開いた展示で、大子の写真家から台風を記録したアルバムをお借りして場をつくると、台風の後に移住してきたという女の子が時間をかけて写真を眺めていた。声を受け取って描く絵はゆっくり遅れて生まれてくる。あの記録アルバムのような結び目になるのはどんな絵だろうと想像しながら色の層を塗り重ねている。
Field research
Exhibition at Daigo Cultural Welfare Hall Mine
Working in the studio