Artist in Residence Programアーティスト・イン・レジデンスプログラム

2017 レジデント・アーティスト

  1. フリエッタ・アギナコ&サラ・ドゥムーン(メキシコ/ベルギー)
  2. ダニエル・ニコラエ・ジャモ(ルーマニア)
  3. カーティス・タム(米国)

今年は、海外85か国・地域から717件の応募がありました。厳選なる審査の結果、フリエッタ・アギナコ&サラ・ドゥムーン(メキシコ/ベルギー)、ダニエル・ニコラエ・ジャモ(ルーマニア)、カーティス・タム(米国)を選出しました。3組のアーティストは、8月25日から12月12日までの110日間、茨城県守谷市のアーカススタジオで滞在制作を行います。

審査は、近藤健一氏(2017年度ゲストキュレーター/森美術館キュレーター)、南條史生氏(アーカスプロジェクトアドヴァイザー/森美術館 館長)、アーカスプロジェクト実行委員会の協議のもと行いました。

2017年度の選考結果について

717件という応募数の多さ、応募作家の作品の傾向や出身国が非常にバラエティに富んでいることに驚かされた。予想以上に興味深い作家が多数応募しており、3組の選出は非常に困難だったが、すでにキャリアのある40代以上の作家ではなく、若い作家にチャンスを与えることを優先した。最終的には、(実現可能・不可能はさておき)茨城県や守谷市で具体的にどういうことをやりたいのか、というプロポーザルのユニークさを、1つの選定基準とした。逆に、レジデンスならどこでもいい、という点が見え隠れする作家は、ポートフォリオやキャリアが俊逸でも、除外した。過去にアーカスプロジェクトが招へいしたことのない国の作家を選ぶ、という点も多少意識した。偶然であろうが、韓国や台湾など近隣アジア諸国・地域から、興味を引く作家が少なかったのは残念であった。
近藤健一(2017年度ゲストキュレーター)

2017 Resident Artist

フリエッタ・アギナコ&サラ・ドゥムーンJulieta Aguinaco & Sarah Demoen

メキシコ/ベルギー

Sarah Demoen (left) , Julieta Aguinaco (right)

1983年メキシコ、メキシコシティ生まれのアギナコと1984年ベルギー、トゥルンハウト生まれのドゥムーンはともに、2015年オランダのダッチ・アート・インスティテュートで美術修士課程を修了。以来、ソロ・アーティストとしての活動と並行しながら、メキシコとオランダ、ベルギーという別々の国を拠点としつつも共同制作を行っている。言語、社会空間における発話や人間の認知などに興味を持ち、フィールドワークを含めたリサーチを基に、映像、パフォーマンス、インスタレーションなどを制作する。

活動の様子

Look for map of the Tone River watershed at the library

Interview with the Tone Town citizen

Board the Tone River patrol boat

Meeting with the cartographer living in Moriya

オープンスタジオ

Facing the Earth. Facing Information. Facing our Lives.

 

Facing the Earth. Facing Information. Facing our Lives.

アーティスト・ステイトメント

《地球と向き合う。情報と向き合う。私たちの生活と向き合う。》

ある場所を表象するとはどういうことか、特に植民地化せずに利根川を表象するとは?
これが守谷を流れる利根川をリサーチする上で、中核をなす私たちの問いです。「なぜ利根川なのか?」と聞く人もいるかもしれません。「あなたの母国に利根川と同じくらい退屈か、あるいは壮観な川はないの?」と。もっともな問いでしょう。このプロジェクトのきっかけは必ずしも利根川それ自体にはありません。ある意味私たちは、何の縁もない土地を訪問者が訪れ、結果的にその場所を表象しようとする問題を扱うために利根川を利用したのです。

レクチャーパフォーマンスでは科学的、社会的、個人的視点から集められた資料を元に、それらが拡大を続ける収集過程に集束されていくとき、植民地化を伴わない表象が可能かかということを問いかけます。この行為には終わりがありません。ゆえに私たちは、オープンスタジオ期間中来場者の声と解釈を収集し続けます。パフォーマンス後に、観客からの意見、批評、利根川についての知識を共有する機会を設けます。これらのコメントは翌日以降のパフォーマンスに反映されます。

選考理由

アーカスプロジェクトでのレジデンスのためのプロポーザルは、利根川とその流域の人々との関係の歴史に着目し、犬吠埼までフィールドワークを行って物語を創作するというもので、応募のためにきちんとリサーチをしている姿勢に好感が持てた。最終審査のために制作してもらった2分間の自己紹介ビデオは、本人たちの紹介からアーカスプロジェクトでの活動プロポーザルまでをきちんと織り込みつつも、ポエティックな要素や言葉遊びも交えてあり、良く練れていた。

オープンスタジオに寄せて

アギナコとドゥムーンはソロ活動と並行しながら共同制作を行う。言語、社会空間における発話や人間の認知などに興味を持ち、フィールドワークを含めたリサーチを基に作品を制作する

彼女らは、アメリカ人の作家と科学者が1940年にカリフォルニア湾で行った海洋生物標本の収集旅行を模倣/再現し、2016年に同湾の各地を訪れた。客観性を欠く1940年の調査同様に、彼女たちの調査も主観性と偶然性に頼るもので、アーティストならではのリサーチといえる。また、作家自身が招かれざる訪問者であるということを、今日当地で観光開発を進める外部からの植民者としての不動産企業に重ね合わせた。そして、疑似科学的なもの、経済的利益となるものと、アートとを対比し、土地や景観を搾取的に利用する意味を問いかけた。

今回の滞在では、守谷から犬吠埼まで利根川沿岸部のフィールドワークを行った。江戸・明治時代の蘭学技術を用いた利根川の改良工事や水域の歴史的変遷を1つの軸に調査は進められたが、過去のリサーチと同様にネネコと呼ばれる河童や、タナゴ、伊能忠敬に関する資料などといった雑多な発見をした。オープンスタジオではこれらが織り込まれたレクチャー・パフォーマンスを発表する。

彼女たちはフィールドワークを通じ、過剰なまでの情報収集を行う。偶然により、彼女たちは新しい知識や思考を得て、少しずつ変化していく。それは複数の言語が混合しハイブリッド化することと似ている。さらには、川と川が合流し水が混じり、その川自体も時間を経て形を変える、川の変遷にも例えられるのである。(2017年度ゲストキュレーター 近藤健一)

2017 Resident Artist

ダニエル・ニコラエ・ジャモDaniel Nicolae Djamo

ルーマニア

Courtesy of Berlinale

1987年ルーマニア、ブカレスト生まれ。2016年ブカレスト国立芸術大学美術史理論博士課程修了。映像、インスタレーション、立体作品を制作。国外で偶然出会った人にインタビューを行いルーマニア像を提示するドキュメンタリー・タッチの映像作品に代表されるように、作品は母国の経済的状況、移民としてのイメージなど、ヨーロッパ内でのルーマニアの表象をユーモラスに問いかける。自身の家族の歴史などをテーマとした近作もある。インディペンデント・フィルムの世界でも作品を発表し、コンペティションでの受賞経験も多い。

活動の様子

Workshop for 16 sounds of paper

Meeting with the Guest Curator Kenichi Kondo

Workshop for 16 sounds of paper

Workshop for 16 sounds of paper

オープンスタジオ

16 sounds of paper, Installation view

Still from Moriya first, Tokyo second

Meteorite Collection

アーティスト・ステイトメント

私は、アーカスプロジェクトでのレジデンスにおいて、滞在後に完成させる作品も含めいくつかのアイデアを発展させました。主に取り組んだ参加型プロジェクト《16種の紙の音》では、2028年という架空の未来の年に茨城周辺で起こった紛争をきっかけに16人の日本に住む人々が辿ることになる人生を、インスタレーションとして発表します。
これは、過去の紛争を理解し反映するとともに、現在私たちが社会で直面する闘争と緊張関係の結果を予想するようなフィクションとなりました。この架空の年を表現するため、それぞれにストーリーを構築した若者たちとのコラボレーションです。

また平行して、観光客にも日本の市民にも知られていない守谷という街が、日本で最も素晴らしい街であることを世界中に知らしめるためのドキュメンタリー《守谷ファースト・東京セカンド》を制作しました。《隕石を集める》ではかつて私が日本にいた時期に、もらったかもしれない隕石を展示しています。それぞれの石には空想的で非現実的な物語が込められています。

選考理由

意図的に母国に関するステレオタイプに言及しユーモアを交えつつも政治性・批評性が高い作品に興味を覚えた。アーカスプロジェクトでのレジデンスのためのプロポーザルは、守谷市民に、ルーマニアを離れて日本に住んでいるという架空のルーマニア人の人物を考えてもらい、そこから2028年のストーリーを作ってもらう、というもので、発想のユニークさが刺激的であった。ヨーロッパでは多数のAIRに参加しているが、作家にとって東アジアのAIRは初参加になる、ということも考慮に入れた。

オープンスタジオに寄せて

ジャモは、EU加盟後の母国の社会変化や、ヨーロッパ内での移民としてのルーマニア人のイメージ、自身の家族の歴史など、非常に多 様なテーマで作品を制作する。

今回の滞在では、16歳から30歳までの若者と2028年の出来事を想像するワークショップを行った。紛争の連鎖が起き日本に住む人々も海外移住を迫られるという架空の設定のもと、参加者に物語を考えてもらうもの。その中から16の物語が書かれた紙が、オープンスタジオでは展示される。作家は同様のワークショップを世界各地で行い物語を収集している。ほかにも、作家本人がレポーターに扮して守谷市の隠れた魅力を世界に向けてPRするドキュメンタリー風のフィクション映像と、作家が日本各地でさまざまな人からもらった隕石という設定の石も公開される。

これらに共通するのは、ネット上で発見可能かもしれない奇抜な物語性である。そして、ジャモはそれ以上に独創的な物語を作る人間の想像力に興味を持つ。と同時に、制作活動には移民など社会の事象に関心を持つ作家の現実を見つめる視点も反映されている。(2017年度ゲストキュレーター 近藤健一)

2017 Resident Artist

カーティス・タムCurtis Tamm

米国

Photo: Colin Conces

1987年アメリカ合衆国カリフォルニア州生まれ。2014年カリフォルニア大学ロサンゼルス校デザイン・メディア・アーツ修士課程 修了。サウンドや映像を中心に作品を制作。ライブ・パフォーマンスやレクチャーパフォーマンスも行う。私たちが見過ごしがちな自然現象、地球物理学、地質学などの要素をリサーチし、人間以外のさまざまなものと密接な関係性を構築すべく、ヴィジュアル/サウンド作品を制作するという、ユニークで領域横断的な活動を行う。

活動の様子

Workshop with choir

Recording sound of “bonsho” (bell of Buddhism temple)

Visit to “bonsho” factory

Interview at Earthquake Research Institute, The University of Tokyo

オープンスタジオ

Center for Cellular Alignment

Divination board used in Center for Cellular Alignment

Playing the siren composed by Tamm from the speakers at ARCUS Studio

アーティスト・ステイトメント

私は日本での地震に関するプロジェクトとして、《細胞調律センター》というサウンド・ライブラリーを発展させました。アクシデントはシステムを超えたところに発生する形であるという考え方を元に、《細胞調律センター》は地震現象との関係性を再考することに興味がある方に、親密でかつ方向感覚を狂わせるような「体験型レクチャー」を提供します。

このプロジェクトではそのリゾーム(根茎)において、音を本質的にフラクタルな現象として捉えることにより、大規模な地震現象を最小のノイズと音波を通してでさえも身体的に体験できると考えます。

街のサイレンの設備を警告のために利用するだけではなく、集中して聴くという行為のためにも応用できないかを思索する方法として、日本特有の音で構成されたサイレンの候補のライブラリーを制作しました。蝉が発する超音波、浮世離れしたパチンコのメロディー、青森のイタコの魅惑的な詠唱、茨城県守谷市の剣道部のかけ声と足を踏みならす音。3ヶ月間の制作と収集の中で、際立った候補がいくつか現れていきました。とりわけ梵鐘(古来の寺院の鐘)の周波数を録音するために京都、東京、茨城で約10の仏教寺院を訪れました。《細胞調律センター》では、体験者は偶発的に起こるサウンド・ライブラリー内のさまざまな音の干渉を受けながら、梵鐘の音の「子宮」の中へといざなわれます。(*梵鐘内のまさに中心にいる感覚を再現するようにマルチチャンネルスピーカーを設置。)《細胞調律センター》は、集中して聴くという行為が地震活動を理解するために応用される可能性を持つような社会空間として機能します。

選考理由

鉱物、竜巻、火山、地熱、アニミズムなどリサーチの主題のユニークさと、最終的な作品形態とのギャップの大きさが俊逸である。そこには知的で理論的な主題を感覚に訴える作品に変換するセンスの良さが感じられる。科学者のリサーチ・アシスタントを務めたり、科学研究機関とのコラボレーションを考案するなど、他者との協働を得意とするように感じられ、アーカスプロジェクトでのレジデンス期間中でも自発的に協働者を見つけ出し、作家本人にとって新たなリサーチ・テーマを 発見するのではないかという期待を抱くことができた。

オープンスタジオに寄せて

タムは自然現象、地球物理学、地質学、動物などをリサーチし、ヴィジュアル / サウンド作品を制作するという、ユニークで領域横断的な活動を行う。

ギリシャのサントリーニ島では、火山活動や、人間や動物の自然災害に対する予知能力、警鐘を鳴らすサイレンに興味をもち、リサーチ・プロジェクト「鼓膜の束縛」(Tympanic Tether)を行った。消防士、警官、鳥の飼育士、救急車の運転手などの協力を得て音を録音し、さまざまな音の集積「サウンド・ライブラリー」を作った。そして、島に固有の新種のサイレン音としてそれらの音源を即興的に流すパフォーマンスを行った。

タムにとっては、音も津波も地震もすべて「波」によるものであり、そこには相関関係があるはずであると言う。今回の滞在では、東京大学地震研究所や防災科学技術研究所の訪問、仏教や神道、民間信仰などと音との関係についてリサーチを行った。同時に、琴など日本の伝統的な楽器にも触れ、京都や茨城で寺の梵鐘の音を、真壁町で梵鐘の鋳込みの音をそれぞれ収録し、守谷市のコーラスグループとワークショップを行うなど、「サウンド・ライブラリー」の音源を増やしていった。

オープンスタジオでは、来訪者は横になってそれらの音源を聞く体験ができる。タムは、ナマズの地震予知能力のように太古から継承され眠っているかもしれない人間の細胞の中の能力を、音を使って呼び起こすことを試みるのである。このように、タムの思考には一見無関係なものの関係性を解き明かそうとする「コネクティヴィズム」的思想が見いだせる。(2017年度ゲストキュレーター 近藤健一)