Artist in Residence Programアーティスト・イン・レジデンスプログラム

2018 レジデント・アーティスト

  1. ジハド・ジャネル(トルコ)
  2. エリカ・セルジ(米国)
  3. イリカ・ファン・ローン(オランダ)

今年は、海外85か国・地域から665件の応募がありました。厳選なる審査の結果、ジハド・ジャネル(トルコ)、エリカ・セルジ(米国)、イリカ・ファン・ローン(オランダ)を選出しました。3名のアーティストは、8月24日から12月11日までの110日間、茨城県守谷市のアーカススタジオで滞在制作を行います。

審査は、金澤韻氏(2018年度ゲストキュレーター/インディペンデント・キュレーター/十和田市現代美術館 学芸統括)、南條史生氏(アーカスフプロジェクト アドヴァイザー/森美術館 館長)、アーカスプロジェクト実行委員会との協議のもと行いました。

2018年度の選考結果について

今回初めて40歳以下という年齢制限を設けることになり、その結果として応募数の減少が予想されていたが、最終的に665通ものアプリケーションが寄せられたのは喜ばしいことだった。一方、審査に進むと、 美術の狭い文脈の中でしか通じないような表現が多く、残念な気持ちになった。誰のための表現なのか、誰に見せたいのか、何を言いたいのか…もちろんいつも答えは簡単には見つからないものだけれど、それ でもアーティスト・イン・レジデンスは自己満足の殻、自己保身の殻を破っていく作家の出現に立ち会いたい。その中で今回の3名はコンセプトと表現が合致し、また興味関心のありようが現代的で、より多様 なオーディエンスに訴えかける成果を出すのではないかということで選出に至った。
金澤韻(2018年度ゲストキュレーター)

2018 Resident Artist

ジハド・ジャネルCihad Caner

トルコ

1990年、トルコ、イスタンブール生まれ。イスタンブールと、オランダ、ロッテルダムに拠点を置く。マルマラ大学(イスタンブール)でフォト・ジャーナリズムを学んだのち、ロッテルダムのピート・ズワルト・インスティテュートでメディア・デザイン&コミュニケーションを学ぶ。トルコでのフォト・ジャーナリストとしての経験から、戦争の悲惨なイメージを作ること、見せることに含まれる倫理的な課題に自覚的になり、イメージがこれまでにない速度で氾濫する社会でのオルタナティヴな表現方法を模索している。主に戦争、紛争、移民、抵抗といった問題を扱い、これまで、戦争で破壊された街や、そこで採集したオブジェクトをモチーフに、映像、3Dアニメーション、彫刻、インスタレーションを制作、発表してきた。

活動の様子

Creation of fictional characters

Ceramics baking at an ARCUS Supporter’s workshop

 

Planning for a lecture performance

オープンスタジオ

 

Lecture performance

Demonst(e)rating the untamable monster

アーティスト・ステイトメント

《飼い慣らせないモンスターをde-monsterする実演(飼い慣らすデモ)》

この物語で「他者」とはモンスターのこと。彼らが現れるのは、地図には存在せず、船は停泊せず、羅針盤で捉えることのできない場所。それは陸地のない国。世界の果て。伝えられるところによれば、野生のものたちは辺境に住むという。これらの「他なるもの」たちは、精神が虚弱になり、幻想が興隆する境界地域の住人である。

モンスターは私たちに本来備わっているカテゴリーを破壊し、再考するよう私たちを挑発する。彼らは「未知」によって見慣れた世界を脅かし、私たちは恐怖に震える。彼らは地獄か天国へと追いやられる、あるいは人間のコミュニティから異人の地へと。モンスターの肉体はそれ自体が政治的主張であり、社会階層にとって根源的な事実とされている全ての仮定を覆す。モンスターは楽園を知らず、粘土でできていないが故に、塵に帰するのを夢見ることもままならない。

このプロジェクトはモンスターとしての「他者」のイメージに焦点をあてている。支配的なイメージメーキングのメカニズムでは、それはかなり特定的なイメージで描かれている。私はザカリーヤ・イブン・ムハンマド・アルカーズヴィーニによる古代の写本『被造物の驚異と万物の珍奇』、Siah-Qalam*の図像、鳥山石燕(せきえん)によって描かれた『画図百鬼夜行』の日本の妖怪(モンスターと超自然的なキャラクター)から着想を得てアニメーションのアバターを制作した。

*Siah-Qalam
中央アジアに現存する14世紀後半から15世紀前半の細密画、ドローイング、絵画、カリグラフィーのこと。中国美術の強い影響が見られると共に、仏教やシャーマニズムのシンボルが描かれている。

選考理由

「現実をどう表現するか?そもそも私たちはこの視覚文化の時代にあって、現実について語ることができるのか?」というジャネルの問題意識は、戦地に取材したフォト・ジャーナリストとしてのキャリアから導き出されたもので、切実さを感じるものだった。アーカスプロジェクトでは、13世紀にペルシャの学者によって書かれた本に出てくるモンスターと日本の妖怪を調査し、アバターをつくりアニメーション作品を制作する。“他者”の表象と語りの主体をめぐる考察が異文化の中でど のような成果を生み出すのか、大きな期待とともに注目したい。

オープンスタジオに寄せて

爆撃で破壊された街、住むところを失い押し寄せる難民、涙にくれる人々…。そういった現実を切り取った写真は、悲惨であれば悲惨であるほど多くの読者を引きつけます。フォト・ジャーナリストだったジハド・ジャネルは、写真による報道が宿命として持つある種のエンターテイメント性に戸惑いを感じ、彼が伝えたいことを表現する“別の方法”を探してきました。

ジャネルが日本で新たに取り組んだのは、メソポタミアのモンスターと日本の伝統的な妖怪を混ぜ合わせる試みでした。モンスターや妖怪は「他者」、つまり「外からやってきて、理解が不能な者」の表象と考えられます。長い歴史の中に育まれたそのような形象を吟味し咀嚼することを通して、ジャネルは現代を生きる1人の人間として感じてきたリアリティを伝えようとします。

オープンスタジオでは、妖怪についてのフィクションと現実が入り混じったストーリーを書き、それを読み上げるレクチャー・パフォーマンスと、13世紀メソポタミアのモンスターと日本の伝統的な妖怪の図像が混合されたキャラクターが苦しみの声をあげたり、歌ったりする3Dアニメーションを上映します。その表現の“翻訳”が持つ可能性を探るジャネルの挑戦は、しばしば無慈悲な現実に直面する私たち自身に向けた、励ましにも感じられます。(2018年度ゲストキュレーター 金澤 韻)

2018 Resident Artist

エリカ・セルジErika Ceruzzi

米国

Photo: Tyler Jones

1990年、アメリカ合衆国、メリーランド州生まれ。ニューヨーク在住。クーパーユニオン(ニューヨーク)でアートを学ぶ。産業製品用に加工された素材に手を加え、物質本来の用途や機能を撹乱するような彫刻を制作している。アルミパイプ、コード、ファブリック、紙など工業的な素材と手工芸的な素材を組み合わせて彫刻やインスタレーションを制作。近年は刺繍を用いた表現も試みる。彫刻を中心にしてはいるが、空間を読みこんだインスタレーションを得意とし、また作品の一部を来場者が切り取って腕に巻くことのできるような表現も試みるなど、その実践は拡大傾向にある。これまで主にアメリカで活動し発表してきた。

活動の様子

Genetically modified silkworms at National Agriculture and Food Research Organization

Silkworms at a farmhouse

 

Production of slippers with ARCUS Supporters

オープンスタジオ

F1

 

 

アーティスト・ステイトメント

《F1(雑種第一代)》

《F1》は、日本における遺伝子組換えシルクを取り巻く私のリサーチを体験するためのインスタレーションである。《F1》では一時的に私のスタジオ1という部屋番号を置き換え、F 1ハイブリッドへと言及している。この記号は、生物学において2つの異なる親系統から生まれる子孫を示すものである。

遺伝子組換え蚕に対する私の興味はシルクの構造的特性に魅了されたことから始まった。シルクはとても丈夫であると同時にデリケートな、生体適合性の高い繊維であり、アメリカではシルクに防弾機能を持たせる開発が軍事用に進められている。遺伝子組換え技術によって家蚕(カイコ)の生体にクモのDNAを挿入することでより強いシルクを作ることが可能になるのだ。

リサーチの過程で、私は人間と蚕が極めて親密な関係を持つことを発見した。何世代にもわたって、生糸が日本の主要な輸出品となり経済成長の要となった時でさえ、明治維新の時期に絹産業が根付いた地方では、蚕は人々の家の中で飼育されてきた。

何が最適な環境になりうるかを問いかけつつ、私は蚕と人間の遺伝的絡み合いの可能性をいざなう。その合成はハイテクなラボではなく、むしろ、ある宿泊可能なリサーチ・コンプレックスで起こるだろう。それは仮想の不完全な空間であり、イマジネーションのための単なる枠組みにまで削ぎ落とされている。私はかつて教室であったこの空間に微かに手を加えることで、家庭のような空間へと再構築した。

選考理由

セルジはプロポーザルでシルクについてのリサーチを挙げた。それは、1)米国における、軍事目的で開発されているクモの糸を吐く蚕についての調査、2)日本での遺伝子組換え蚕についての調査、3)富岡製糸場など養蚕業をめぐる歴史的文脈についての調査である。これらが示唆する視点の広がりと深みが興味深いものであることに加え、これまで自身の制作へのアプローチは「詩的なものだった」と言うセルジが、素材のひとつとして選んできたファブリックの一種に焦点を当て、社会政治や科学へと視野を広げる、その野心的な挑戦を応援したいと考えた。

オープンスタジオに寄せて

アメリカで軍事的な目的のために開発されている、クモの糸の特性を持った糸を吐く蚕の話を知ったエリカ・セルジは、政治的な意味合いを持つこともある「蚕」という生物に大きな関心を抱きました。日本滞在中、彼女はキュレーターやスタッフと、紀元前の中国から始まる絹産業の長い歴史や、ユーラシアを結んだシルクロードの存在、そして養蚕業が日本の近代化の中で果たした役割、その裏にあった女性労働力の搾取、また遺伝子工学における蚕の研究など、関連するさまざまなト ピックについて話し合いました。また富岡製 糸場、群馬の現役の製糸工場と養蚕農家、横浜のシルク博物館、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)などに出向いて調査をし、蚕、養蚕、また蚕と人間の関係について 知見を広めました。

オープンスタジオでは、調査の過程で得られたものをインスタレーションの形で視覚化します。特に2頭の蚕が一緒に繭を作ってしまう現象「玉繭」— 一般に製品化には適さない とされる —についての考えを形にします。また、農研機構のラボを巡った際に何度も履き替えたスリッパの印象を元に、来場者のためのスリッパを制作した。それは衛生についての考えの違い、儀式的なふるまいといった“地域性”への感性を示しています。

セルジが行なったのは、彫刻の素材である布の、1つの素材であるシルクが、さらにその素として孕(はら)む地理・歴史・身体の政治性を発見する試みと言えるでしょう。(2018年度ゲストキュレーター 金澤 韻)

2018 Resident Artist

イリカ・ファン・ローンErica van Loon

オランダ

Photo: Tim Mintiens

1978年、オランダ、メッペル生まれ。アムステルダム在住。アルテズ美術大学(カンペン)で建築デザインを学び、ヘリット・リートフェルト・アカデミー(アムステルダム)、デ・アトリエ(アムステルダム)でアートを学ぶ。カナダ、スイス、アメリカなどでレジデンシープログラムに参加。人間と地球との身体的つながり、また目に見えなかったり間接的にしか感じることのできなかったりする地球内部の活動と、人間の無意識のつながりに関心を持ち、これまでサウンド、映像、写真、またそれらを組み合わせたインスタレーションとして作品を制作、発表してきた。作品では、反復するアクションやリズムを用いることで観る者の知覚を高め、地球の生態系と人間の身体の内部とのつながりを見つける能力を強めるような効果をねらう。

活動の様子

Interview about the ‘slow earthquake’ at the Earthquake Research Institute, University of Tokyo

Sound recording of singing bowls

Meeting with an “Aikido” teacher for shooting a film

 

オープンスタジオ

 

 

 

アーティスト・ステイトメント

《最も長い波に乗って》

《最も長い波に乗って》は、人間と人間以外の存在の身体的な動きを関連付けることによって成り立つ生態系を取り巻く概念を反映している。特に焦点を当てたのは循環する性質を持つ動きだ。例えば、スロー地震*がいかに人間には感じ取れないような地震波を地球全体に送っているか—あまりにも低い周波数なので山にドリルで穴を掘らなければ観測できないほどだー、合気道の螺旋を描き包含する動き(理論としても実践としても)、熱帯に生い茂る木々の上方に生息する蟻、その蟻が習得した地面に衝突することなく落ちる技術。そういったことについて考えてみよう。

このプロジェクトは、アーカスプロジェクトでの滞在と、来日直前に参加したブラジル、アマゾンでのLabverde Arts Immersion Programで集めたインプットから構成されている。今回制作したヴィデオ・インスタレーションは、地球上で正反対に位置する2つの地で刺激を受けてできたイメージ、テキスト、サウンドを組み合わせたものである。

私のリサーチそのものも言ってみれば身体的なものであった。熱帯雨林の真ん中で汗をかきながら、あるいは道場の畳の上でトレーニングしながら、あるいはまた神聖な山に登りながら、レクチャーを受け撮影したのだ。インスタレーションは、来場者にも身体感覚を介した鑑賞を促すものとなるだろう。

*スロー地震
近年発見された、プレート間のずれがゆっくりと引き起こされる地震。その長さは数年単位にも及ぶことがある。心に呼び込むのです。

選考理由

地質学者や解剖学者のインタビューを作品に取り入れ、科学的な視点と自然環境から得る 視覚的、聴覚的な要素、またメタファーを組み合わせることにより、ホリスティックな世界観を表現する。その独特な手法に新鮮さを感じた。今回のプロポーザルは、地球と人間のカップルセラピーをテーマに、茨城の自然をリサーチし作品を作るというもので、地域コミュニティを含んだ周辺環境とのクリエイティブなコミュニケーションが成立することを期待したい。その“コミュニケーション”の形は、私たちが想像しえなかったものになるのかもしれない。

オープンスタジオに寄せて

人間と地球の身体的なつながりに強い関心を持つイリカ・ファン・ローンは、日本滞在中にいくつかの異なるトピックに興味を持ち、それぞれの調査を並行して行っていました。そのうちの1つが合気道です。実際に合気道の教室にも通い、その動きを体験しました。合気道では、攻撃をしかけてきた相手の力を 利用して身を守ります。「相手の動きのリズムと意図を変更することで、相手と互いに調和する」という考え方に感銘を受けたとファン・ローンは言います。また、東京では地震の研究者に会い、数日から数ヶ月、あるいは 数年という長い時間をかけて発生する「スロー地震」について話を聞きました。これは、事実、今回の滞在中に体験した地震がファン・ローンにとって初めての地震であったこととも関連しています。同時に、来日の直前に訪れていたアマゾンで知った、ある蟻 (Cephalotes atratus)についても文献を読み込みました。この蟻は生涯木の上で生活し、木から落ちそうになると、体を反らせて滑空し、木の幹に向かって飛ぶのだそうで す。

この蟻の所作と、合気道での手を回転させるような動き、また地球全体に広がるスロー地震などを題材に、映像と音声を制作し、ヴィデオ・インスタレーションを作り出します。彼女の試みは、生態系、あるいはものごとが繋がり回流することについての、科学的で身体的な思考と体験の成果を見せています。(2018年度ゲストキュレーター 金澤 韻)