エクスチェンジ・レジデンシー・プログラムでは、国内のアーティストへの支援強化、また国内外のアーティストやキュレーター同士の芸術文化交流の促進を目的に、海外のAIRプログラム運営団体と連携し、アーティスト・キュレーターを派遣/招聘します。2017年に開始した本プロジェクトは、これまでに台湾の國立台北藝術大學 關渡美術館やスコットランドのホスピタルフィールド、韓国のセマ・ナンジレジデンシーとの協働により、国内外のアーティスト、キュレーターのリサーチやプロジェクトを支援することで、両国間での創造的な議論を活性化してきました。
2023年度は韓国、ソウルのセマ・ナンジレジデンシーとアーカスプロジェクトが協働し、日韓のアーティストを派遣/招聘します。
撮影:Kim YongKwan
セマ・ナンジレジデンシーは、2006年にソウル・蘭芝島の浸出水処理施設を改修して開設された。国際交流の活性化を目的としたさまざまなプログラムを実施し、アーティストには整った環境で制作に集中できるよう、スタジオを提供している。ソウル中心部に位置し、25のスタジオ、ラボ、ギャラリー、屋外ワークショップがあり、才能あるアーティストやリサーチャーを育成・支援するプログラムを継続的に運営している。
https://sema.seoul.go.kr/en/visit/nanji_residency
日本のアーティストは、アーカスプロジェクトが推薦した複数名のアーティストから、セマ・ナンジレジデンシーが選出した。韓国のアーティストは、セマ・ナンジレジデンシーがレジデンスプログラム過去参加アーティストを対象に公募を行い、その中から1名を推薦した。
日本
1990年愛知県生まれ。神奈川を拠点に活動。社会制度やメディア技術、知覚システムといった人間が物事を認識する基礎となっている要素に着目し、あるものを他のものから区別するプロセスに伴う曖昧さについてあつかった作品を制作している。
http://knagata.org
2022 「Feasting Wild」(karch、石川)
2020 「αMプロジェクト2020–2021『約束の凝集』vol. 2 永田康祐|イート」Gallery αM、東京
2022 「見るは触れる:日本の新進作家 vol.19」東京都写真美術館、東京
2019 あいちトリエンナーレ2019:情の時代、愛知県美術館、愛知
2018 「オープンスペース2018:イン・トランジション」NTTインターコミュニケーション・センター、東京
酒造の歴史のリサーチ
ソウルの米農家兼醸造所への訪問
ソウルの米農家兼醸造所への訪問
麹を用いたマッコリの自家醸造
オープンスタジオ
永田は、本プログラムにおいて、韓国と日本の、海をめぐる交通や食文化をとおして韓国と日本の関係を再考するプロジェクトに取り組む。17世紀に日本から韓国へともたらされた唐辛子がたらこと合わさって明卵漬となり、20世紀初頭の日本の統治下にあった韓国から日本へともたらされて明太子となった。また同時期には、日本から出汁の素として煮干しが韓国へもたらされて根づいた。永田は、市井の人々の生活文化の歴史を紐解くため、韓国では漁業やそれにまつわる食に関して専門家に聞き取りを行い、同じ海を介してそれぞれの食文化を間主体的に捉えようとする。これまで、国家とイデオロギーによる同化と排除を、食文化という観点から洞察して作品を制作してきた永田の関心は、奇しくも本プログラムでアーカスが韓国より招聘するRice Brewing Sisters Clubの関心とも重なる部分が多い。近代化以前、海運と漁業による海の文化が栄えていた時代の、両国の文化の行き来を想像させる試みとなることに期待を寄せている。(ディレクター 小澤慶介)
私は、滞在中、韓国の食文化のリサーチをもとに作品の制作を行った。具体的には、韓国における稲作と醸造における大日本帝国統治および朝鮮戦争の影響についてのリサーチと、それをもとにした自家醸造酒の提供を伴うレクチャーパフォーマンス作品の制作である。
農業や醸造業の現場では、動植物や菌と人間が相互作用しあい、税制や規制のような人間の社会関係と、生態系のような非人間のメカニズムが絡まりあう異種混淆的な状況が生まれる。農学者の寺尾博は「稲もまた大和民族なり」と述べているが、稲のゲノムや菌のような人間以外の目に見えない存在が、いかにして植民地主義と結びつき、朝鮮半島の農業や醸造文化を組み替えていったのか。それが本滞在における関心の中心であった。
実際に韓国で稲作や酒造について調べていくなかで、韓国で大量生産されている米や、工業的に製造されている酒の多くが、植民地期に日本から導入された品種や菌・醸造法によって作られているということがわかった。本滞在では、こうした、非人間の存在による目に見えない植民地主義の痕跡に対して、香りや味を通じてアプローチしようと試みた。見えない痕跡を「味わう」ことによって、見えないものを見えないまま身体的に経験し、思考する方法を模索した。
韓国
ソン・ヘミンとリュ・ソユンによるアーティスト・コレクティブ、Rice Brewing Sisters Club(RBSC)は、芸術表現の形式として「社会的な発酵」のプロセスを探るという二人の共通する関心に基づき、2018年に設立された。ビジュアルアートからパフォーマンス、クリエイティブ・ライティング、オーラルヒストリー、エコロジー的思考、おばあちゃんの知恵までを網羅した参加型の実践を通じて、相乗的なネットワークの構築を目指し、未来に向けて共有するビジョンを人々とともに創っている。
https://www.instagram.com/ricebrewingsistersclub/
2022 釜山ビエンナーレ:We, on the Rising Wave、釜山現代美術館、韓国
2022 「Hackers, Makers, Thinkers: Collective Experiments in Social Fermenting」Art Laboratory Berlin、ドイツ
2021 第13回光州ビエンナーレ パブリックプログラム「Kkureomi: Unboxing with the Sisters」光州、韓国
2020 「Soil-Soil Land」安城市の農場、韓国
海女漁への同行(福岡県宗像市鐘崎)
海女の夜泳体験(千葉県南房総市)
静岡県下田市須崎の夏祭り
研究者グループの調査への同行(須崎)
伝統的な寒天作りについてのインタビュー
(長野県茅野市)
寒天をベースにしたプラスチックの試作
RBSCの関心は、韓国から日本、そしてその先のアジア側の環太平洋の島の連なりと生活文化にある。なかでも海女の生活や労働、環境への関わりをとおして、島々の地理的な結びつきとその歴史の読み直しを活動の主軸としている。アーカスプロジェクトでは、海女と関係の深い寒天に着目し、海女による漁が行われている地域や研究機関を訪れ、文化や史実をリサーチする。また、同時に、エコロジーや労働の観点から海女の活動を捉えなおすことを試みる。今、国際展などで取り上げられる作品のテーマとして挙げられるものの多くに、地球環境や生態系、国境を越えた移動とその記憶、性の多様性などが関わっている。近代社会の男性中心的で普遍的な価値観へとまとめあげることに対する疑いがそれに抑圧されてきたあらゆる人々から投げかけられている時、RBSCの活動は、時代の過渡期を同時に複数の視点から照らし出すものになるだろう。(小澤慶介)
アーカスでのレジデンスは、海藻、女性の労働、海女たちの海をまたいだ移動といった歴史の記憶を通して、多くの海が私たちの心の中でひとつになっていた時期に行われた。そのつながりの中心には、韓国語で우뭇가사리(ウムッガサリ)、日本語でテングサと呼ばれる海藻があった。紅藻類の一種であるこの海藻は、水深20~50メートルに生育し、素手でしか収穫できない。この潜水、収穫、乾燥、販売という労働は、韓国の해녀(ヘニョ)や日本の海女によって行われてきた。海を越えるテングサの物語を伝えることは、非常に歴史的な探求だ。早ければ18世紀には、主に韓国の海で生産され、日本で消費されていたからだ。済州島と釜山の海女たちは、技術者であり、生産者であり、稼ぎ手であり、移住者であった。このような物語はほとんど記録されていないが、海女のおばさんたちは鮮明に覚えている。
私たちは茨城のスタジオを拠点に、福岡の金崎、千葉の南房総、三重の鳥羽、静岡の須崎と、日本各地の海村を訪れる2ヶ月間の旅程を考えた。内陸から出発し、時おり長野の山々に立ち寄りながら、海岸から海岸へと旅をした。このようなダイナミックなルートはテングサがたどったものでもある。紅藻はまさにこのような道のりを経て、美しく透明で扱いやすい寒天に加工され、現在では生分解性プラスチックの原料になっている。アーカスを通じてもたらされたすべての出会い、旅、実験は、寒天をストーリーのある物質として捉えることを教えてくれた。私たちはこれからも、語られることのなかった歴史に光をあて、自ら分断してしまったものを再びつなぎ合わせて海のパッチワークを作りながら、自分たちの物語を語り続けるだろう。
日時: 2023年11月26日
会場:アーカススタジオ+オンライン配信
スピーカー:永田康祐、Rice Brewing Sisters Club(*RBSCはリモート参加)
モデレーター:藤本裕美子(アーカスプロジェクト コーディネーター)
韓国に滞在した永田康祐と、アーカスプロジェクトが招聘した韓国のアーティスト・コレクティブ、Rice Brewing Sisters Club(RBSC)のソン・ヘミンとリュ・ソユンが約2ヶ月間の滞在制作と今後の展望について話した。これまで国家とイデオロギーによる同化と排除を、食文化という観点から洞察してきた永田は、韓国滞在中、大日本帝国統治時代の酒造の歴史などを調べながら、ソウルの米農家や醸造所の協力を得てマッコリの自家醸造に挑戦した。世代を超えた食品の調理や消費の伝統にまつわる歴史的、文化的、政治的物語を、米などの発酵プロセスになぞらえて表現してきたRBSCは、海女について調査し、日本各地の海女や研究者との対話を通じて、漁をめぐる環境的な配慮や労働の観点から海女を捉えなおすことを試みた。両者の試みはコミュニティや生産者といった人的な要因だけではなく、微生物や気象といった目に見えないものにも影響を受けながら拡張していく。その終わりのない実践は、変化を続ける「発酵」に似ているのかもしれない。2組の活動を通して私たちの生きる危機の時代と未来を考えた。